通りすがりの腐男子 海鳴(室晶・高緒拾)
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海鳴(室晶・高緒拾)
2009-02-24-Tue  CATEGORY: マガジン・マガジン
【海鳴】
海の方から鳴り響いてくる遠雷のような低い響き。
うねりが海岸で砕けるときに空気を巻き込んで発する音。
しばしば台風や津波などがくる前兆とされる。

三省堂「大辞泉」より引用

田舎の港町に暮らす高校生と都会から赴任してきた美術教師の組み合わせ。

端からはあたかもスローライフに憧れてこの町へとやってきたかに思われた美術教師だったが
実はこの町には教師にとって決して忘れることの出来ない過去を思い起こさせる何かがあった。
一方で高校生にとっては教師と出会った瞬間に心臓が破裂しそうなほどの強烈な想いが
自らを支配するような衝撃に襲われる。

ある日、高校生は美術教師が誰かの墓参りを終えたところに出くわす。
一瞬戸惑う表情を向けられたことに逆に戸惑うがすぐさまもとの柔和な笑みに戻る。

その間に交わされたセリフは

「何してるの?」

「先生こそ・・・」

「知り合いの墓?」

の三言だけ。

だけどすごく印象的な気がしたのは、これが文字だけだと
本当にあっという間に過ぎてしまう時間の流れが、
絵になると互いの表情の変わる様と組み合わさることでまるでストップモーションのように
緩やかになり、しかも
「ああ、これは何かありそう」
というイメージをより強く読む側に想起させてるのでは、という気がした。

それぞれ互いの表情を目にすることで心の中では何かが揺れ動いていることがわかる。
その様が言うなれば何かこう「詩的」な感じ、というような。

そして高校生が教師と出会った瞬間に打ち震えたあの感情は、その場限りのものではなく
想像世界の中で教師を犯してしまう行為にまで至らしめてしまう。
夢はよくその人の深層心理を映し出す、と言われるけれど、想像にもそれに
近い部分はあると思われる。
ただ夢と想像が違うのはより意識的な部分が強いのが後者だということで。
ということは少なからず高校生にとっては教師に対してそうした行為をしたい、という
思いの表れ、ともいえる。

一度は目を覚まして
(なんちゅう夢みるんや、俺は)
と頭を抱え後悔の念に駆られるものの、意に反して自らの中心は収まる気配がない。

(先生 俺 我慢できねえよ)

教師のあらぬ姿を瞼の裏に想像した瞬間、気持ちがセーブできなくなる。
自らの思いのままに先生を・・・。

(顔、合わせられんやないか   先生のせいや)

でもこの言葉からは自らの気持ちを解放してしまったことに対してただ、気持ちいい、
という心理状態とはほど遠い。
むしろ後悔、とまでは言わずとも、自分で自分の気持ちに持て余してるようにも感じる。

まだ話の半分も説明出来ていません。

でもむしろ話の本題はここからなのでそれは直に目にして感じ取って何かを感じ取って
いただくのがいいのでは、と思いました。

高校生ゆえの猪突猛進さと純粋さ、
そして大人(これはあくまで年齢や立場的な意味合いでしかないかも)ゆえの
ずる賢さと諦念、でもいうのか、それを判りつつ現実として受け止められるのか
はたまた受け止めずにかわしていくのか(逃げる、ともいうか・・・)。

【海鳴】
しばしば台風や津波などがくる前兆とされる。

・・・ただ出来れば個人的には後者でなく前者でありたいけれど。
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